契約書を確認するコツ③ (完全合意条項とそのリスク)

契約書

前回の「期限のない契約に関する注意点」、前々回の「損害賠償に関する民法の定め」に引き続き、契約書を確認するコツのひとつを学んでいきましょう。今回は少し専門的な条項ですが完全合意条項を見ていきます。この完全合意条項の目的やリスクを学んでおくことは、自らの権利を守ることに繋がります。

完全合意条項(Entire Agreement Clause)は消費者契約法などで守られた消費者と事業者の契約などではあまり出てこない条項ですが、事業者同士の契約ではしばしば採用されます。簡単に言えば、契約の合意内容は契約書に記載された内容がすべてであり、契約前になされた協議、合意、確認等の内容は書面や口頭を問わず契約に影響を与えないという条項です。

契約書の解釈で紛争が起きた場合、この条項は契約に書かれていないことや曖昧なことで以前の契約や合意事項を持ち出して紛争が複雑化することを避けることが目的ですが、完全合意条項の意味を正しく捉えておかないと、予期せぬ不利益を被る可能性もあるので注意が必要です。

完全合意条項のリスク

完全合意条項は合意した内容を明確化し、口頭や他の書面での合意を排除して、契約に明示された条件や規定に従った行動を促すという効果がありますが、以下のようなリスクがあります。

  • 新しい情報や事実を考慮できない
    契約書が作成された時点で既知だった事実や情報と、契約締結後に新たに判明した事実や情報が異なる場合、契約書の条件や規定の方が実態と合わなくなる場合があり得ます。特に技術革新のスピードが速く、変化が激しい現代では、昔の常識が当てはまらなくなることは普通にありえますので注意が必要です。
  • 柔軟性が欠如する
    完全合意事項がある場合、契約書の条件や規定以外の合意は基本的に無効です。例え既得権があったとしても、その既得権が契約書に落とし込まれていない場合は、既得権は消滅すると考えられますので注意が必要です。
  • 未定義事項がある場合は別途合意が必要
    未定義事項がある場合、別途合意をして契約に落とし込まなければなりません。仮に未定義事項に関し、当事者間での合意に至らない場合は、契約書の内容以外に拠り所がない契約における問題の解決は非常に困難になる可能性があります。

相手の既得権を解消する場合は完全合意条項は有用である反面、自らの既得権を守るためには完全合意条項の適用は慎重に検証すべきです。完全合意条項は当事者同士の力関係に優劣がある場合、その力関係に応じた検討が必要になります。

完全合意条項の具体例

完全合意条項の具体例は以下のようなものがあります。

  • 「本契約書は、当事者間での完全かつ最終的な合意事項であり、本契約書に定められた条件以外に当事者間で口頭や書面による合意があった場合でも、本契約書が優先して適用される。」
  • 「当事者は、本契約書に関連する事項について、口頭や書面によるやりとりを行う場合でも、本契約書に定められた条件に影響を与えない。」
  • 「本契約書は本契約の対象事項について当事者間の合意事項の全てを含んでおり、書面もしくは口頭を問わず、本契約締結を同時又はそれ以前の本契約の対象事項についての当事者間の全ての合意事項にとって代わるものとする。」

基本的には契約に書かれた内容がすべてであり、他に合意事項があってもそれは排除するという趣旨の条項になっています。したがって、他に有効な合意事項がある場合は、仮に別の契約書が存在していたとしても、今回締結する契約書に落とし込むことが必要になります。完全合意条項が入った契約書が非常に分厚い契約書になるのは、こうした背景があるからです。

完全合意条項を定める際の留意点

以上のように、完全合意条項は非常に強力な効果を有しており、契約書に一度定めてしまうと後から削除することは難しいため、完全合意条項を定めるにあたっては慎重な検討と判断が必要です。

ここでは完全合意条項を定める際の留意点として、「完全合意条項の効果を明確にする」「契約書全体を充分精査する」「契約書の表現を明確にする」の3点について確認したいと思います。

完全合意条項の効果を明確にする

例えば、「本契約の内容は当事者間の最終的な合意事項である」といった条項は、完全合意であることはわかりますが、最終的な合意事項であることがどんな影響や効果を及ぼすかは明確ではありません。それ以外の合意事項があっても「無効」であるなど、明確に効果を示すことが紛争解決に繋がりますので、どのような効果をもたらすのかを定義するようにすることが有効です。

契約書全体を充分精査する

完全合意事項は合意内容が契約書の中に網羅されていなければなりませんので、契約書全体を充分に精査する必要があります。契約書への落とし込みに漏れがある場合や不利益がある事項に見落としがある場合は、契約書にあとから追加することは難しいため、契約締結時点で全体を確認しなければなりません。特に既得権益がある場合、既得権益が契約書に落とし込まれているかは確認すべき重要なポイントです。

確認範囲が広範であるため、契約の重要性にもよりますが、出来れば専門家に依頼することが望ましいと考えいます。

契約書の表現を明確にする

完全合意条項は全ての合意事項が契約書に基づいて判断されるため、契約書で何を合意しているのか条件や規定は明確に記載することが必要です。契約書の表現が曖昧である場合、せっかく完全合意条項があっても紛争を避けることができなくなってしまいます。

条件や規定を明確にするために契約書の細部まで検討を行い、表現の明確化を図っておくことが重要です。

完全合意条項と部分合意条項

完全合意条項と対比される言葉に、部分合意条項(partial integration)があります。部分合意条項は、契約書に含まれる特定の合意事項についてのみ合意を成立させ、その他の事項については、契約書外での口頭合意や取引条件書などの別の文書で合意を行うことができ、全合意条項よりも契約当事者間の合意形成が柔軟に行えるというメリットがあります。

部分合意条項は、完全合意条項と比べて契約書の作成が容易であり、一般に時間やコストの節約につながります。ただし、完全合意条項と同様、部分合意条項が明確に記載されていない場合や、契約書外の取引条件が曖昧な場合は、契約当事者間での紛争の原因となる可能性があります。

完全合意条項と部分合意条項は、契約書の作成時に契約当事者が決定することができる選択肢であり、契約書の目的や内容に応じて適切な選択をすることが重要です。

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